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― 地域資源を核とした体験型観光と産業再構築モデル―
柳宗悦全集 著作篇 第11巻 (手仕事の日本) 筑摩書房 1981 国立国会図書館デジタルライブラリーより
三椏は、ジンチョウゲ科の落葉低木です。名前のとおり、枝が三つに分かれるように伸びることが特徴で、早春には黄色い小さな花が半球状に集まって咲きます。
和紙の原料として利用されるのは、枝の皮に含まれる細く柔軟な繊維です。三椏の繊維からつくられる紙は、きめが細かく、しなやかで、独特の光沢と温かみのある風合いを持ちます。また、精細な印刷にも適しており、紙幣などにも用いられてきました。
三椏は、もともと観賞性のある植物として親しまれてきましたが、日本で和紙原料として利用され始めたのは室町時代後期とされています。その後、江戸時代から明治時代にかけて利用が広がり、各地で栽培されるようになりました。
鳥取県東部でも三椏は和紙産業と深く結びついてきました。佐治では江戸時代には楮が主な原料でしたが、18世紀後半に三椏が導入され、19世紀には製紙原料として本格的に栽培されたとされています。明治時代には三椏を中心とした振興策も行われ、佐治は全国有数の三椏系和紙の産地へと発展しました。
図:三椏及三椏紙考 王子製紙株式会社 編 王子製紙販売部総務課, 1940 国立国会図書館デジタルライブラリーより
因州和紙は、現在の鳥取県東部、かつての因幡国で受け継がれてきた和紙です。
その歴史は古く、奈良時代の正倉院文書には因幡国でつくられたと考えられる紙が残され、平安時代の『延喜式』にも因幡から朝廷へ紙が献上された記録があります。鳥取市では、因州和紙には約1,200年の歴史があるとされています。
因州和紙は、楮・三椏・雁皮などの植物繊維を原料とし、用途や求められる性質に応じてさまざまな紙がつくられてきました。
なかでも佐治町では、三椏を原料とした和紙づくりが発展しました。佐治の和紙は書道用紙や画仙紙などを中心に高い評価を受け、「因州筆切れず」と呼ばれるほど、その品質が知られています。現在も伝統的な製紙技術が受け継がれています。
現在、因州和紙は佐治・青谷を主要な産地とする鳥取県東部の伝統産業です。1975年には和紙として全国で初めて国の「伝統的工芸品」に指定され、翌1976年に鳥取県無形文化財にも指定されています。
図:三椏及三椏紙考 王子製紙株式会社 編 王子製紙販売部総務課, 1940 国立国会図書館デジタルライブラリーより
鳥取県東部、若桜町三倉と鳥取市佐治町。
約30km離れたこの二つの地域には、かつて三椏(ミツマタ)を介したつながりがありました。
若桜町では、三椏が農家の冬仕事として収穫され、和紙の原料として佐治町の職人へ届けられたと伝え聞きます。若桜の山あいを歩くと、三倉のほか、来見野や小船にも石積みのかつて棚田があったであろう場所に、杉が林立し、その足元に三椏が生い茂る、こういった景観をよく目にします。
三椏は、もともとは春の花を楽しむ植物として親しまれながら、江戸時代以降、その繊維が和紙の原料として利用されるようになり、人の暮らしと地域産業を支える素材となっていきました。
しかし現在、三椏と因州和紙、そして地域の暮らしや文化とのつながりは薄れつつあります。
そこで、若桜町の三椏と佐治町の因州和紙を、国道482号という地域の道で結び直し、現代の暮らしの中に新しい価値として届ける地域循環デザインプロジェクトを始めます。
因州三椏和紙(IMW)を、単なる紙の名称ではなく、自然・人・歴史・記憶をつなぐ新しい価値(関係性メディアブランド)として再定義する。
三椏の自然景観、繊細な和紙の質感、職人の技術、地域の歴史や文化にふれる。
若桜町と佐治町、人と人、地方と都市、そして世代を越えた「縁」がつながる。
素材と技術、文化と想いが製品・観光・教育を通じて、地域内外をめぐる。
因州三椏和紙
IMW Inshū Mitsumata Washi
本プロジェクトでは、因州和紙を単に「伝統工芸品」として提供・販売するのではなく、三椏という原料から生まれる物語まで含めて価値化するリブランディングを行います。
① 原料の付加価値化
若桜町三倉の三椏を「花を見る観光資源」だけでなく、「参道沿いの美しい景観形成要素」かつ「因州和紙につながる地域資源」として再発見する。
将来的には、三椏の保全・管理・栽培・収穫から紙漉きまでを体験できる仕組み(現代の「結」)を構築する。
②地域循環システム
若桜町三倉と佐治町を結ぶ国道482号を、「三椏から和紙へ、和紙から人へ、想いを届ける道」として捉え直す。
三椏、江嶋神社、因州和紙工房、国道482号(沿線の若桜、八頭、河原、用瀬、佐治)沿線の地域事業者をつなぎ、地域間の新しい回遊・流通・交流をつくる。
③用途の再定義
従来の「書道用紙・障子紙」等に加え、現代の暮らしにおける新しい用途を開拓する。
BtoB(ビジネス・ブランドツール): 名刺、ショップカード、包装・ギフト包材
BtoC(ライフスタイル・インテリア): あかり(因州和紙あかり展への出展・PR)、インテリア、アート
コミュニケーション(想いを届けるメディア): はがき、年賀状、挨拶状、写真立て(家族の記録)、賞状、卒業証書
三椏の構造を2次元の幾何学デザインに落とし込んだ
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STEP 1|調査・対話・試作 2026年
三椏群生地・歴史・地域資源の調査
因州和紙工房との製造・協議
江嶋神社・弁天大祭連携協議
「因州三椏和紙(IMW)」ブランド検討
試作品の制作
地域事業者への相談
STEP 2|小さく実証 2027年
江嶋弁天大祭で限定商品を実証
試作品の試験販売
地域ストーリー発信
地域事業者への販売可能性を検証
顧客・事業者からのフィードバック収集
STEP 3|地域展開 ・ブランド展開 2028年~
国道482号沿線への展開(若桜、八頭、河原、用瀬、佐治)
三椏の栽培・管理・収穫・紙漉き体験プログラム
教育機関との連携(ワークショップ・表彰状・卒業証書)
商品の営業・販路開拓
因州三椏和紙(IMW)の商品ライン拡充
EC・都市部への販路拡大
クリエイター・イン・レジデンス
観光商品化
季節・用途別シリーズ展開
成果指標
産業
因州三椏和紙を使用した新商品数
BtoB新規取引事業者数
商品販売数・売上
三椏の利用量・供給量
観光
三椏・和紙関連体験参加者数
国道482号沿線での回遊・滞在
弁天大祭関連商品の販売数
文化・教育
三椏・和紙に関する体験プログラム数
教育機関との連携数
地域文化を学ぶ参加者数
ブランド
「因州三椏和紙(IMW)」の認知
Web・SNS等からの商品・地域情報へのアクセス
県外・都市部からの購入・参加
将来展望
目指すのは、単に「三椏を使った新しい和紙商品」をつくることではありません。
若桜町で三椏を育てる。
佐治町で紙を漉く。
地域の連携によって作品が生まれる。
人がその土地を訪れ、想いや記憶を大切な人へ届ける。
そして、その価値が再び地域へ還ってくる。
そんな「素材から市場までがつながる地域循環」を、少しずつ形にしていきます。
三椏から和紙へ
和紙から人へ
人から人へ
そして、想いは記憶へ
因州三椏和紙
触れる、繋がる、循る
ミニしおり・ショップカード・名刺・はがき
2026年9月、直接手に触れるものとして、いくつかの試作品を製作した。
因州和紙の風合いを活かすため、
必要な情報を伝えるため、
余計な装飾・図柄は排除し、
シンプルなデザインとした。
ご縁しおり
鳥取の方言の中でも、お気に入りの言葉がある。
ようきんさったね
またきんさいな
言葉の奥に込められた温かみを感じる言葉である。
しおりとは読書における小休止、
また、再開のための時間の区切りである。
そんな時に、このメッセージがふとその地の経験や記憶を想起させる。
このしおりの中央に配置された特別な書は、若桜町のS氏にお願いした。
ご縁はがき
日本郵便株式会社が発行する年賀はがきの発行枚数は、
2003年の44億4,780万枚をピークに減少傾向にあり、2025年は7.5億枚であった。
参照:平成16年用の年賀はがき及び年賀切手の発行(日本郵便株式会社)https://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/hagaki/nenga_hakko/2004/stamp.html
参照:2026(令和 8)年用年賀はがきなどの発行および販売 https://www.post.japanpost.jp/notification/pressrelease/2025/00_honsha/0829_02_01.pdf
これは2000年前半のインターネットの普及(Eメール)、
2010年代以降のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の普及により、
コミュニケーションツールの変化によるものが大きいとされている。
参照:インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化(総務省)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd111120.html
これからのはがきは、
送るものから、贈るものへ。
ご縁はがきとは、
デジタルでは伝えられない、
大切な人に想いを届けるメディアである。
つづく